いじめられっ子の負け組がネットビジネスを始めて人生が変わった話

 

はじめまして、ユウです。

 

僕はインフラ系企業に勤務しつつ、副業でインターネット上でビジネスをしています。

 

今は副業としてインターネットビジネスを捉えていますが、

将来的には独立して、フリーランスとして働くことを夢見ています。

 

まだまだ成長しなければならない僕ですが、この記事では、

僕の自己紹介も兼ねて、

いじめっ子を見返すために、必死で努力して入った大企業で疲弊した僕が、

 副業でアフィリエイトというネットビジネスに出会い、

収益化に成功するまでの過程を時系列で暴露します。

 

何気なくサラリーマン生活を送っているあなたは、この記事を読むことで、世の中の見え方が変わると思います。

 

「インターネットで稼ぐってこういうことなのか〜!」

って儲けのカラクリが見えるようになります。

 

正直これだけ聞くと、インターネットで稼ぐ?儲けのカラクリ?

あ、怪しい・・・怪しすぎるぞこいつ・・・ 

ってなる方が大半だと思います。

 

まあ、普通にの生活をしていたらそうなるのが普通ですけどね笑

 

僕自信、ネットビジネスを深く知るまでは、

 

大学時代にマルチ商法に騙された僕は、

ネットビジネス=マルチ商法の一種

という風に考えていました。

 

マルチ商法はネットビジネスの一種であることは間違いないですが、それが全てではないです。

多くの人は、

ネットビジネス=情報弱者からお金を騙し取るビジネス

と捉えていますが、

それは一部の詐欺をする人間が人を騙して儲けたことをピックアップされてそのような認識が生まれるのです。

 

だから、僕も

ネットビジネス?どうせ情弱から搾取する詐欺ビジネスだろwww

そう思っていました。

 

しかし、ネットビジネスについて色々と調べていくうちに、

何も怪しいこともないし、人を騙して不幸にすることもない、

全くのクリーンなビジネスであることに気づきました。

 

「ネットで稼ぐこと」自体、

僕には経験がなかったことだし、

稼げる仕組みもわからず、ネットビジネス=詐欺であると思い込んでいた状態でした。

僕も例外ではなく、「ネットビジネス」という目新しいワードに拒絶反応を起こしていました。

とはいえ、

知らない世界を知らないまま生きていき、そして死んでいくのは非常にもったいないことだと思います。

 

せっかくこの記事にたどり着いたなら、ネットビジネスという存在について存在だけでも知って欲しいです。

こういうと怪しいかもしれませんが、僕自身ネットビジネスという存在に早く気づいていればよかったと心の底から思っています。

 

この記事では、何も知らなかった僕が求めていた内容について、記載していきます。

また、いじめられてきた過去から今までの僕の生い立ちについても赤裸々に暴露していきます。

 

というわけで、

ネットビジネスを疑っていた私が、

何を思い、どんな葛藤をして、どういう経緯で

ネットビジネスに挑戦しようとしたのか?

 

知識も人脈も経験も何もかもがゼロの状態から、

何を初めて、収益化に成功したのか?

 

ここらへんを時系列形式で、記事を書いてみました。

 

 

ちなみに、本題に入る前に、簡単に僕の自己紹介をします。

 

・現在25歳で、サラリーマンと二足のわらじでネットビジネスに取り組んでいる。

・ネットビジネスを始めて数ヶ月で収益化に成功。今は自動化によるさらなる収益増を目指して、ビジネスの仕組み化について勉強中。

・コンテンツが、ネット上に24時間存在しているため、寝てても収益を生み出せる状態に

・ネット環境さえあれば、カフェでも新幹線でも旅行中でも仕事ができる究極のテレワーク

・さらなる収益化を目指し、日々精進中

 

こんな感じです。

今では、フリーランスとして独立するという目標もできて、前を向いてひたすらに走っている僕ですが、これまでの人生を振り返ると、

完全なダメ人間でした。

 

・小・中学生の時に掃除棚に閉じ込められたり、肩パンされるなどのいじめを受ける

・いじめのトラウマから、「俺はダメな人間なんだ」と自己嫌悪に陥る

周囲を見返すために、必死で勉強する。そして第一志望の旧帝大に合格する

・大学での周囲の優秀な連中を見て、ここでもやはり「俺はダメな人間なんだ」と思い、自己嫌悪に陥る

・就活はそこそこ頑張り、なんとかインフラ系の大企業に就職

・会社の知名度は抜群だが、薄給、無駄な飲み会、汚い社員寮などなど労働環境は想像以上に悪く絶望

・仕事でもミスしまくりで、俺はどこに行ってもダメなんだと自己嫌悪に陥る

 

ドラマの世界では、引きこもりの高校生でも華やかな大学デビューを飾って充実な大学生活を送る、みたいな希望に満ち溢れたストーリーになるかもしれません。

しかし、僕の人生は違いました。

 

環境が変わると何かが変わる。

努力すれば何かが変わる。

 

そんな僕の期待も虚しく、

いつになっても希望の光は差し込んでくれませんでした。

 

 

〜ユウのこれまでの人生について〜

小学生・中学生時代〜何をやっても平均以下。「僕はダメな人間なんだ」

 

「とうとう今年も、この日が来てしまったか

毎年秋頃、どこの学校でも開催されるイベントである体育祭。

僕はイベントが、

苦痛で苦痛で仕方がなかった。

なぜなら、競技種目の一つに「短距離走」という項目があったからだ。

 

僕は、もともと運動音痴で体育が苦手だった。

ドッジボールでは、真っ先に狙われるのですぐに外野行きとなる。

投力もないため、敵を当てて復帰することもできずに、ほとんどの時間を外野で過ごしていた。

 

また運動の中でも、特に「短距離走」が嫌で嫌で仕方がなかった。

なぜなら、どれだけ頑張って走っても「ビリ」か「ビリから2番目」をキープしていたから。

今振り返ってみると、小学生・中学生、高校生の運動会、体育祭を振り返ってみると、それ以上の成績を残したことはなかった。

しかも、めちゃくちゃ変な走り方をしていたらしい。

だから体育祭の日の僕は、

絶好の嘲笑の的になっていた。

 

僕は運動音痴なだけではなく、子供の頃から人見知りでおとなしい性格だった。

運動音痴で鈍臭い、その上普段から話すことなく、教室の隅に座っている状況だ。

そんな僕は、格好のいじめの標的になってしまった。

 

勉強もたいしてできず、美術や工作の時間もセンスが全くなく、酷いものを作り上げてしまっていた。

勉強も運動も、器用さも性格も全てがダメだった僕は、

「僕はダメな人間なんだ。誰も僕なんか必要としていない」

と思うようになっていた。

自分の存在する意味が分からなくなり、

誰も信用ができない人間不信な人格が形成された。

 

こんな感じで、学校ではいじめられ、家ではもっと成績を上げろと言われ、

どこにも自分の居場所がなく、生きてても全く楽しくないので、

ふと、「今日隕石が地球に衝突しないかな〜」って妄想にふけっていた。

しかし、そんなことは起こらず、生き地獄ような毎日を過ごしていた。

 

小6になり、何をやってもダメな僕を見かねた両親は、僕を地元の学習塾に入塾させた。

そして、他の塾生に流されるまま地元の私立中学校を受験した。

そしたら、まぐれで合格してしまい、結果私立の中学校に進学することになった。

 

私立中学には、僕を含めて同じ小学校から進学する人は2人しかいなかった。

 

だから、当時の僕は、

中学校に入ると、僕のことを知っている人はほとんどいない。

周りの環境が変わるから、周りの僕を見る目も変わる。

そしたら、

そんな期待を抱いていた。

 

しかし、そんな希望は幻想だった。

むしろ、スクールカーストが顕著に表れてくる中学時代は、

鈍臭くて運動音痴で勉強もできない僕は、スクールカーストの底辺に落とし込まれた。

 

自己嫌悪な性格はますます加速していき、

普段学校の廊下を歩いている時も、

周りにバカにされていないだろうか?

という被害妄想におびえるようになっていた。

 

そして、僕は何をするにしても

「自分基準」でなく「他人基準」

で考えるようになっていた。

 

例えば、クラスメイトが休日に何人かで遊びに行くという話を聞いて、

本音では「僕も一緒に行きたい」と思っているけど、

「僕みたいなつまらないやつには来て欲しくないだろう」

って思い本音にブレーキを掛けていた。

 

このようにして、僕の内向的な性格はますます悪化してしまった。

そんな中、僕の心にトドメを刺すような出来事が起こる。

それは、いじめだ。

 

運動音痴で性格も大人しかった上、他に何か取り柄があるわけでもなかった。

しかも外見は、色白でヒョロガリの眼鏡をかけていた。

 

その結果、僕は格好のいじめの標的になった。

具体的にどんないじめを受けてきたかというと、

掃除棚に閉じ込められたり、

メガネを壊されたり、

いきなり腕や太ももにパンチをされたり、

この他にも様々な屈辱的ないじめを受けてきた。

当時、この現状をなんとかして変えたいと思っていた。

しかし、どうしようもなかった。

 

僕は、どんな環境にいても

「ダメな人間で、いじめられる存在なんだ」

そう思いつつ、僕は周囲との劣等感に苦しみ、

未来に絶望し、自己肯定感の低い人格が完成した。

 

一騎奮発して挑戦した大学受験

そんな状態で僕は中学校を卒業した。

 

中学校、高校、エスカレーターで高校に進学した。

高校に入ると、中学時代と比較して周囲も大人になっており、

いじめというものは無くなっていた。

 

しかし、これまで培われた自己肯定感の低い人格は、

簡単には変えることはできなかった。

 

だから、本音では一緒に昼食を食べたいと思っていても、

「僕なんかに誘われても迷惑だろう」と思ってしまい、

結局一人寂しく昼食を摂ることになるなど、

これまでと全く思考を変えることができなかった。

 

高校生は恋愛にも目覚め、同級生同士で付き合うのが当たり前になってくる。

僕も可愛い女の子と付き合って、純粋な恋愛をしたいと思っていた。

しかし、当時の僕は彼女どころか女友達すらいない。

それ以前に事務的なこと以外で、女の子とまともに会話をすることがほとんどなかった。

女の子と仲良くなりたいと思っていても、

 

「どうせ僕なんかと話してもつまらないだろう」

 

と思い、心のブレーキがかかってしまうので、

彼女を作ることなんて、夢のまた夢だった。

 

「どうすれば自信がつくんだろう、どうすれば周りは認めてくれるだろう」

僕は、ひたすら自問自答を繰り返していた。

 

筋トレして体を大きくすれば自信がつくんじゃないかって思い、毎日腕立てと腹筋を30回ずつ欠かさずやった。

確かに筋トレで少し筋肉はついたものの、理想とする体には程遠かった。

他にもトーク力を上げて、面白い会話ができるようになろうとも考えた。

しかし、コミュ障の僕には到底無理な話だった。

 

「どうせ僕はこのままダメな人生を送っていくのか」

そう思っていた中、高校2年生の終わりになり学校で進路説明会があった。

そこでは、教師からの進学説明の他に、一個上の先輩による大学への合格体験談の講演があった。

そこで、ある先輩の話を聞いた。

その先輩は、地元の旧帝大に現役合格していた。

 

その先輩は、もともと成績が良かったわけではなく、高3の最初の模試ではD判定からのスタートで、

1年間しっかり計画を立てて勉強した結果、現役での合格を果たしたということだった。

 

僕が通っていた高校は進学校といっても、偏差値が60に満たない自称進学校であったため、

地元の旧帝大に合格しただけで「秀才」扱いされる。

 

そして僕は、大学受験に全てを託す決心をした。

「受験勉強をやり抜いて、絶対に合格してやる。

 そして自信に満ち溢れた自分に生まれ変わってやる。」

 

志望校は、その先輩が合格した旧帝大に設定しました。

最初の模試は、先輩と同じD判定だった。

 

大学受験に全てのエネルギーを注ぐ覚悟ができた僕は、

平日5時間、休日8時間の勉強を毎日繰り返した。

すべては、

自信を取り戻し、新しい自分に生まれ変わるため。

必死に勉強を続けた結果、

僕は第1志望の旧帝大に合格することができた。

念願の合格を手にした僕は、

「これで人生変えられる!
青春を取り戻すことができる!」

と思い、舞い上がった。

同級生からも、

「お前すごいじゃん!」

って言われ、ようやく認められた気持ちになった。

 

そして、胸躍る新生活の準備が終わり、

地元から大学のある県までの移動の新幹線の中で、

迫りくる大学生活に心を躍らせていた。

 

理想と現実のギャップに苦しむ大学時代

そして、入学式当日を迎えた。

 

厳粛な入学式、入学式が終わった後のサークルのビラ配りと新入生歓迎会、

そして初めての一人暮らし。

全てが新鮮なものばかりだった。

 

これから俺の新しい物語が始まるんだ。

新しい自分に生まれ変わるんだ。

そして、失われた青春を取り戻すんだ。

すべてのことが輝かしく見えた。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。

周囲は僕と同じ旧帝大生だ。

だから、

勉強というカテゴリでは周囲と比較して、

全く優位に立てない。

 

むしろ、あまり勉強せずに合格した同級生もいる中、

必死にガリ勉した僕は地頭という点では劣っていた。

 

また、他にも僕には取り柄がなかった。

運動音痴で不器用で、内向的な性格の上、自己肯定感が全くない人間だ。

 

だから、

「僕なんかと話しても楽しくないだろう」というブレーキが再燃し始めた。

 

その結果、これまでと変わらず、

「僕が何をしたいか」よりも「周囲はどう思っているのか」

と判断基準にして、自分のやりたいこと、なりたい自分になることができなかった。

 

自分がなりたい人物になるように努力するよりも

今の自分に合った行動をするようになっていた。

 

例えば、本当は女の子とイチャイチャできるテニスサークルに入りたかったけど、

自分みたいなコミュ障の根暗がいても迷惑だろうと思い、

大人しめのサークルに入るなど。

 

その結果、

本当は、自分を変えたいと思っているのにもかかわらず、

自分に合ったサークルに入り、

自分に合ったバイトを始め、

自分に合った授業を受けながら、

退屈な毎日を送っていた。

 

その結果、サークルもバイトも授業も男ばかりの環境で毎日を過ごしていた僕は、

女の子と話す機会はほとんどないまま、大学生活を終えてしまった。

 

女の子と話すチャンスがあっても、

「どうせ僕なんか相手にしてくれないだろう…」

と思い、せっかくのチャンスを無駄にしていた。

大学に入って、自分を変えてやる!

 

そんな高校時代の意気込みもむなしく、

結局僕は何も変えることはできなかった。

 

大企業に就職する。そして、絶望する

誰もが知っている大企業に就職

毎日大学3年生の時に就職活動をした。

工学部に通っていた僕は、大学院へ進学する

 

同じ学部生の8割近くは大学院に進学する。しかし、僕は大学院への進学は考えなかった。

 

なぜなら、つまらない大学生活の延長線上であると考えていたから。

 

このままつまらない大学生活に貴重な2年間と学費や生活費を費やすなんて時間の無駄だろう。研究もそんなに興味ないし。

そう思った僕は、文系の友人と共に就職活動を始めた。

 

そして、僕はインフラ系の大企業に就職することにした。

 

就職活動の時は、売上高2兆円を超える大企業で、名前を聞けばほぼ誰でも知っている会社であるので、

労働環境も待遇も一流の会社であると思っていた。

その時までは・・・

 

大企業の想像よりも低すぎる待遇

将来に期待して入った大企業。

しかし、全てが想像以下だった。

 

まずは給料。これが低い。

大学や大学院卒の社員であっても、残業抜きだと手取りが20万円超えない。

新入社員の時だけなら、分かるが昇給率が思いの外低く、入社してから5年ほどは、手取り20万円以下になってしまう。

それは、東大や京大などの高学歴であっても例外はない。

もちろん、残業が全くないということはないが、残業代を加えても20万円ちょっとしかもらえないのだ。

 

正直、友人や知人の話を聞くと、高卒や専門学校卒の医療職や公務員の方が高いような気がした。

中小企業と比べても、そんなに変わらない待遇。

 

そして、

僕が一番嫌だったのが会社の社員寮。

大企業は、会社が社有している寮や社宅を持っていることが多い。

特に、メーカーやインフラなどの古い会社は特にその傾向は顕著だ。

 

会社に入るまでは、

寮って言っても普通のアパートみたいなもんだろw

多少古くても、安いからいいや〜

って思っていた。

 

しかし、現実は想像以上にひどい環境だった。

 

新入社員の研修が終わり職場へ赴任する際に、先輩にこれからお世話になる社員寮を案内される。

先輩が運転する社有車に揺られながら、新居地に向かう最中、僕は不安と期待でいっぱいだった。

 

まあ、安いからそんなには綺麗ではないだろうな〜。

でも、今時廃墟みたいな寮はないだろうw

 

そして、社有車が寮の前に到着した。

僕は、一瞬目を疑った。

 

それは、

世にも奇妙な物語で登場するような病院の廃墟のようだった。

他で例えると、軍艦島を人が住めるような感じにしたところ。

 

俺は、今からこんなところに住むのか・・・

 

不安と期待の感情は、

一瞬で絶望に変わった。

 

そして、中に入るや否や独特な匂いに襲われた。

最初の1週間くらいは、

その匂いに慣れることができず、体調を崩しまった。

 

もちろん

風呂やトイレ、水道は共同で、部屋には6畳一間の畳とクソ狭い押し入れしかない。

毎日、ただ手を洗うためだけに、同僚と顔を合わせないといけないストレスは、

日に日に増して強くなっていった。

 

しかも、部屋を隔てる壁は薄く、ドアもペラペラなので、

誰かがドアを開けて閉めるだけで、

バタン

という音がフロア中に響き渡る。

 

僕は社員寮に住んでから、

24時間寝ている時でさえも、

ストレスから解放されることはなかった。

 

何のために生きてるの?無駄な仕事で怒られる毎日

 

そして、肝心の仕事はどうであるか。

正直、無駄な仕事が多くて、全く面白みがなかった。

 

考案や設計などの難しい仕事は、全部請負先に投げて、

主な仕事としては、それを偉い人に向けて説明する仕事ばかり。

 

しかも、説明をするのは課長以上の上司がやって、

我々下っ端がやる仕事としては、上司が偉い人へ説明する際の資料作りだった。

 

しかも、古い文化であるため、わかりやすい資料を作るというよりも、

いかに体裁がまとまった資料を作ることに注力していた。

 

だから、僕は分かりやすく見やすい資料を作ったつもりであっても、

上司から、

  • このフォントはMSの明朝体じゃないとダメだろ!
  • ここにコンマがつくのはおかしくないか?
  • この「てにをは」は間違ってるぞ!「を」じゃなくて「に」だろ!

などなど、しょうもないくだらない修正を上司に指摘され、

それを遅くまで残業して、修正していた。

 

ぶっちゃけ、修正したところで資料の内容も説明も全く変わらない。

まだ、生産性のあることをやらされた上で、怒られるのであれば納得できる。

しかし、必要性をまっっったく感じることができなかったので、

怒られるたびに、僕は何のために働いているのだろうと、

虚無感を感じるようになった。

 

 

それは、昼の仕事だけではなく、夜の飲み会でも同じだった。

職場では何か理由をつけて飲み会が開催されていたため、

少なくとも週に1回は飲みに連れて行かれていた。

 

飲み会では、注文や上司へのお酌は全て下っ端の仕事とされていた。

だから、下っ端はバイトのように働かされ、少しでも注文やお酌のタイミングが悪いと

上司から激を飛ばされていた。

 

俺は何のために、会社に入ったんだろう・・・

 

昼も夜も必要性がわからないことを強要され、

理不尽なことで怒られ、

やっと終わって寮に帰ってもストレスが収まらない。

 

僕は、

小中学生でいじめに遭い、

高校生の時は周囲を見返そうと必死になって勉強をして、

なんとか有名大学に入り、有名企業に入ったにもかかわらず、

こんなにひどい環境で働くのか。住み続けるのか。

 

僕は、一生負け続けないといけないのか・・・

 

僕は、人生に絶望した。

そんな中、

休日にふと見たツイッターである男のアカウントを見つける。

 

ビジネスとの出会い。そして、ビジネスで稼ぐ仕組みを知る。

たった1歳上で月収200万円を超えるフリーランスとの出会い

 

現状を変えたい。

なんとか、今の地獄のような毎日から抜け出したい。

 

そう思っていた矢先、Twitterである男のアカウントを見つけた。

 

そのアカウントには、

人生どん底から月収200万円まで上り詰めた!

と書かれてあった。

 

初めてこれを見た僕は、

うっわ、胡散クサ(笑)

絶対詐欺だろw

としか思わなかった。

 

しかし、その男のアカウントからブログに飛んで、気付いたら

引き寄せられるように色々な記事を読んでいた。

 

そしたら、その男と僕の共通点が思いのほか多かった。

  • 年齢は僕の1個だけ上
  • もともとは社畜でストレスフルな毎日を送っていた
  • 月の手取りは20万円以下で昇給もほとんどない
  • それからブログを書いてアフィリエイトを始める
  • 最初はうまくいかなかったが、師匠に出会いビジネスの基礎を学ぶことで成功
  • 最高月収は200万円を超え
  • 現在はフリーランスとして生活している

 

ほんとに、こんな人間は存在するのか・・・

 

僕は、半信半疑ながらも

その男が発信する内容に興味を持ち、

変なビジネスやマルチ商法に勧誘されたらすぐにブロックしてやろう!

と思いつつ、その男のLINE@に登録した。

 

稼ぐためには何も考えずに進めるのではダメだ。ビジネスの基礎を知るべし。

 

僕の心配は全く必要なかった。

 

LINE@では、

  • ビジネスで必要なマインド
  • ビジネスをする上での基礎
  • ビジネスの基礎の学び方
  • SNSを使ったビジネス集客

などなど、

 

そこらへんの胡散臭いセミナーとは違い、

ビジネスをする上での本質が発信されていた。

 

しっかりと戦略と立てて、

正しい知識や思考で正しい努力をすれば誰でも成功することができると。

 

僕は、その男にますます興味を持った。

そして、運よくその男からビジネスを学ぶチャンスに出会った。

 

初心者向けのビジネスプログラムを実施するとのことだった。

正直、会ったこともない人の情報商材を購入するのには抵抗があった。

 

しかし、ここで一歩踏み出さなければ、

僕の人生は何も変わらずに、

一生負け続けていく人生を送ることになる。

 

そう考えると恐ろしくなり、

僕は、人生を変えるつもりでその男に弟子入りをした。

そして、ビジネスを教えてもらうことになった。

 

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私、ユウは
ネットビジネスで月収200万以上稼ぐフリーランスと出会い、
その男にビジネスを教えてもらっています。

今はビジネスの基礎を学び、
会社員と二足のわらじで生活をしています。

かつては大企業で毎日が疲弊しながら、
朝から晩まで働いていましたが、
今はビジネスの基礎を学び収益化にも成功しています。
まあ…めちゃくちゃ怪しいですよね。

本当かよ?と思われるかもしれませんが、
僕は、子供の時から不器用で
仕事でも怒られてばかりでした。

そんなダメ人間でも自信を持ち、
フリーランスになるという
将来の目標を作ることができました。

ビジネスに才能は不要です。
正しい知識、思考を学び、
正しい方向で努力をすれば、
誰だって結果を出すことはできます。

僕がこれまで学んできた
ビジネスの基礎や仕組みについては、
こちらで紹介してます⬇️

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